音楽を通じて見えるもの

昨日SIFでは新入団員を迎えました。

イギリスから来たALTの方。

ここ4か月ほどは日本人オンリーでしたので、久しぶりに外国籍の団員さんをお迎え出来て何より。

体験前から入団を決めていたそうで、目をキラキラさせて満面の笑みで歌っていたのが印象的でした。

SIFは音楽を通じた国際交流を柱にしていて。

私の記憶では、長期短期に関わらず、在籍した団員の国籍数はのべ10を超えたと思います。

その国の言葉で歌ったり、日本の歌を共有したり、歌うことを通じて、お互いの文化の情報も共有しあっています。

日本人にとっても、お友達に教えるために、自分の国の歌の意味を見直す機会になったりもしますね(笑)。

恥ずかしながら、私自身は、創団当初、国籍関係なく歌好きな人々が集って、質の良い合唱をすることを目指していました。

しかし最近思うのですよねぇ。

美しい音楽を奏でることはもちろん大事ですが、ほかにももっと、役割があるのではないか、と。

読書はもちろん、音楽をはじめとする各種芸術の鑑賞は、自分の二つの目、二つの耳、一つの体だけでは、見えず、聴こえず、体験できない物事を、他者の表現を通じて、疑似体験できることが魅力の一つだと思います。

SIFのように、音楽の場を通じて、自分が生きる世界以外にも、人々の営みがあることを、肌で感じられる場所は貴重ですね。

国境の内外関係なく、誰にも家族や友達がいて、それぞれの国に独自の歴史があって文化があります。

共通の趣味の仲間との出会いをきっかけに、それらを垣間見て、敬意を払い合えることは、人としてとても大事に思われます。

自分が住んでいる以外の世界に触れることは、自分自身が何者であるかを考えるきっかけにもなりますしね。

ハンガリーの作曲家、音楽教育者であり、また哲学者でもあったゾルターン・コダーイは、優れた音楽教育のその先に、世界平和を見据えていました。

強く共感します。

異なる文化、言語、営みを持つ人々が集い、一つの歌を歌うこと。

音楽を通じてみえること、音楽に集う人々を通じてみえること。

音楽をするこということ、音楽をするために学ぶこと。

音楽教育者の端くれでもある私がどういう役割を担えるのか、改めて考える日々です。

<おまけ>

DSC_1206.jpg

左:思考の整理と知の蓄積のために。

永遠の18歳。10代で学ぶ機会のあったものは、実は、宝の山だったと今更気づき中(笑)。

右:SIFで最近使い始めた歌の本。

ユニゾンから四部合唱、日本語や原語の歌詞など、小さいながら内容が充実してます。

その日のメンバーの顔触れや気分で曲を選ぶスタイル♪

実は指導者の資質を問われるスタイルです(笑)。ワクワク。

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