好きこそものの…

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好きこそ物の上手なれ

好きなればこそ、飽きずに努力するから、遂にその道の上手となる。(広辞苑)

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「好き」という感情のパワーの素晴らしさよ。

心から惚れることで、そこに向かう「努力」が「努力」でなくなっちゃうんだからすごいことです。

私は、英語もろくにわからず、音大も経由せずに、音楽学校への留学を決意しましたけど。

合唱が好き、もっとちゃんと知りたい、という衝動が私を突き動かしていたと思います。

音楽技量の向上にはいろんなアプローチがあると思います。

私が今大事にしたいのは、「この苦難の先に、栄光がある」ということより、

いつも良い音楽と共にあって、それが体感できて、嬉しくて楽しくて。

その楽しさにハマって、夢中になって、気が付いたら技量も向上しているということ。

いい音楽との出会いの提供、夢中になれる環境を作ること、できるようになるための具体的な方法を知っていて、それを良いタイミングで提供できること、わからない時は一緒に考えよい道を探していけること、そんなことができるセンセイになりたい。

なんでこんなことを書くかというと。

楽器の技量の習得に際し、どうしても苦手なタイプのエクササイズ(練習課題)があるんです(^^;;

少なくとも私が習った経験のある楽器複数に、似たようなものがあります。

それと向き合っていると、ため息しか出ない(笑)。私、根性ないからさ。

そのエクササイズの重要性、有用性、有効性のようなものは心から理解できるけど。

時間の制限、実年齢による体の機能の限界と格闘しながら、それを体得できるか。

必死に頑張って体得したとして、私に自由自在に音楽自体を楽しむ時間や機会、体力が残っているか、など、ちょっと考えちゃう。

永遠の18歳だって、リアルな体力の限界はありますからね。

一方、好きな曲を遊びで弾いていて。

実は、心が折れかけているエクササイズと同様の動きがあったりするのですが。

こちらでは、もういくらでも練習できちゃうんです。美しく鳴らしたくて。

下手なりにも、その音楽に触れていること自体が嬉しくて、練習しているという実感さえないくらい。

音楽の学びは奥深く。高く。

あるラインを越えたら、もちろん、楽しいだけでは、済まないことも知っています。

けれど、好きな気持ちを抱き続けることが、どれほど大きなパワーになるかも知っています。

私はおそらく、合唱や合唱指揮・指導に関しては、苦労と気づかず越えてきた壁も多々あろうと思います。

いつ、どこで始めて。

それでどんな音楽ライフを送りたいのか。

ひいては、音楽と共にどんな人生を送りたいのか。

楽器を習うことを通じて、考えること多々。

自分自身について、そして、周囲の生徒さんについても。

音楽が好き、楽しい、という気持ちを生かして、「今の自分」を生かして、音楽技量を向上させたいし、私もそういうことが推奨できるセンセイになりたい、とやはり思います。

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