可能性を閉ざすもの

お陰様で無事(?)おとなチャレンジしてまいりました。

このような素晴らしい学びの機会を仙台で実現してくださった関係者の皆様、

一日中指揮者の勉強にお付き合いくださった宮城教育大学オーケストラの皆様に心から感謝申し上げます!!!

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修了証。と、きっと今回限りでお役御免になる指揮棒(笑)。

Masterclass in Sendai 2018

初日の受講メンバー。※

Masterclass in Sendai 2018 full

オーケストラの皆さんと。※

※写真は、Douglas Bostock Conducting Masterclass in Sendai(Facebookページ)から拝借。

ちょっと珍しく(?)ネガティブタイトルなのですが(^^;;

今回のことを振り返って、あぁ、心を閉ざすと、学びのチャンスを逃すのね、と気づいたので、メモしておきます。

今回のマスタークラスは、初日がオーケストラ、二日目が吹奏楽でした。

申込の時、さんざん迷ったのですが、今月は本番や2月のイベント準備(〆切付き)などがあり、譜読みが間に合わない予感がして、そして、吹奏楽とはご縁がない人生の気がして、初日だけの受講とし、二日目は聴講生として参加しました。

結論から言えば、「やればよかった」です(笑)。二日目も。

たとえどんなにポンコツで恥ずかしい思いをしたとしても。

「初めて」がなければ、永遠に2回目はやってこないからです。

昨日ほど吹奏楽を浴びるほど聴いたのは人生初ですが、本当に楽しくて心が躍ったし。

新しい「いい曲」との出会いは、本当に素晴らしいものでした。

吹奏楽、カッコイイ!!って心の底から思いました。

オーケストラでも吹奏楽でも、合唱でも、音楽は音楽なんですよね。

そして、指揮者は指揮者(←ここ大事!!)

オーケストラも吹奏楽もばりばり「音楽」を鳴らす受講生たちを見て、「あ~~」って思いました。

自分の道を閉ざすのは、自分の思い込みだったり、ちょっとした勇気のなさだったり、見栄だったり。

音楽を変な風にカテゴライズして、小さな「できること」に固執することも、視野を狭くするんですね。

「次」がもしあれば、今度はぜひ食らいついていきたいです。

また、それぞれの受講生の指揮と、その指揮で引き出される音楽は、本当に色とりどりで。

(ダグラス先生が振ったら、そりゃーもう…)

かなり大きな刺激を受け、私も、もっとしっかり勉強しよう、気後れせず自分の音楽を「その場で」思いきり表現することにチャレンジしていこうと思いました。

そうそう。

指揮棒についてもこんなにいろいろお話を伺ったのは初めてです。

棒の素材、長さ、重さ、そして持ち方一つで音楽がこんなにも変わるのかと、発見の連続でした。

大事なコミュニケーションツールの一つなのですね…。

買い直します…。

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